大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和30年(ワ)4799号 判決 1956年9月10日

原告 安彦正夫

被告 三信興業株式会社 外一名

主文

1、被告等は原告に対し各自三〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三〇年二月二一日以降完済までの年六分の割合による金員を支払え。

2、訴訟費用は被告等の負担とする。

3、この判決は仮に執行することができる。

4、被告高橋茂雄が三〇万円の、被告三信興業株式会社が二〇万円の担保をそれぞれ供するときは、前項の仮執行を免れることができる。

事実

1、原告の請求は別紙中の請求の趣旨に記載のとおり。

2、原告の請求原因は別紙中の請求原因に、被告の答弁に対する主張は同準備書面と題する部分に各記載のとおり。

3、被告高橋茂雄の答弁は、別紙中の被告高橋茂雄の答弁と題する部分に記載のとおり。

4、被告三信興業株式会社の答弁は別紙中の被告三信興業株式会社の答弁(第一回ないし、第三回準備書面)と題する部分に記載のとおり。

立証<省略>

理由

1、被告高橋茂雄の関係においては、同被告が原告主張の約束手形を振り出したことを認めている事実と同被告が成立を認めている甲第一号証とによれば、原告主張の請求原因事実はすべて認められる。

2、被告三信興業株式会社の関係では、

(イ)、成立に争のない甲第二号証及び証人高久四一郎の証言によれば、原告主張の頃被告会社の取締役であつた被告高橋が、被告会社の代表取締役名義を用いて原告主張の本件約束手形(甲第一号証)を振り出したことが認められ、さらに被告高橋が当時右会社の代表取締役として登記されていることは当事者間に争がない。しかし、他方証人大竹五喜男の証言及び被告会社代表者長谷一郎の本人尋問の結果(第一、二回)及び同本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる乙第一一号証によれば、被告高橋は、代表取締役に選任されたことはなく、昭和二八年八月一日以降本件約束手形振出の日以後に至るまで、被告会社の代表取締役として登記されているのは、昭和二八年八月六日及び昭和二九年一〇月二八日の二回に亘り全然その事実がないのに右代表取締役に選任された旨の不実の事項を登記したことによるものであることを認めることができるので、前記甲第二号証及び証人高久四一郎の証言のみを以つては、被告高橋の右代表取締役の資格が正当なものであると判断し得ず、他に右資格の正当なものであることを認めるのに足る証拠がない。故に被告高橋の被告会社代表取締役資格が正当のものであることを前提とする原告の第一次の請求原因は理由がない。

(ロ)、しかし、前記甲第二号証(被告会社の商業登記謄本)及び証人高久四一郎及び同大竹五喜男の各証言、被告会社代表者長谷一郎の本人尋問の結果(第一、二回)を綜合すれば

(一)  被告会社は昭和二八年七月二日設立され、設立当初の取締役は長谷一郎、中村繁子及び被告高橋の三名で、代表取締役は長谷一郎一名のみであつたが、その後本件手形の振出日である昭和三〇年一月一〇日以後までの間、右代表取締役は株主総会及び取締役会を一回も招集したことがなく、株主総会及び取締役会は一回も開催されたことがないこと

(二)  右代表取締役長谷一郎は、被告会社の主な事業である映画興業の事業場たる映画館には同会社設立以来ほとんど出向いておらず、右映画興業に関する事務及び経理会計事務(手形振出及び借財行為は別)は常時同映画館に勤務していた前記中村及び被告高橋が担任していたこと

(三)  被告会社の設立後間もない昭和二八年八月六日に至つて前記中村及び被告高橋が共謀して被告会社の代表取締役長谷一郎の委任状を偽造し、正規の取締役会決議によることもなく、同決議によつて右両名がいずれも代表取締役に選任されたとして前認定の不実の代表取締役就任の登記をなし、次でさらに株主総会及び取締役会の決議がないのにもかかわらず、同各決議によつて右両名が取締役及び代表取締役に重任したものとして昭和二九年一〇月二八日その旨の不実の登記をなしたこと

(四)  しかも、昭和二九年一一月或は一二月頃代表取締役の権利義務を行う(当時既に任期満了によつて取締役、従つて代表取締役の地位を失つていたが、後任取締役の選任が行われていなかつた。)長谷一郎は、右中村及び被告高橋が不正に被告会社の借財を重ねているとの風評を耳にしながら直ちに調査することもなく、漸く昭和三〇年二月頃になつて調査の上前記不実の登記事項を発見して対策を採るに至つたものであること

等を認め得られるので、右認定の事実に基いて、本件の場合原告主張の商法第一四条及び同法第二六二条の各適用の余地があるか否かを以下に検討する。

(ハ)(一)  まず、商法第一四条の場合についていえば、同法条にいう登記した者とは、本件の場合被告会社に該当し、しかも取締役及び代表取締役の変更登記について権限と法律上の義務とを有するのは、代表取締役又はその権利義務を行う長谷一郎である。(商法第一八八条、第六七条、第四九八条第一八号、非訟事件手続法第一八八条)。そして、その登記とは、積極的に新な事項を登記し、或は既存の無効又は不存在の事項に関する登記の抹消登記をする場合の外、不作為的に既存の登記が実体に沿わないのにもかかわらずこれを放置する場合をも含むものと解すべきであることは疑がなく、(例えば既に任期の満了によつて退任した代表取締役の登記を放置する場合)この最後の場合といえども登記の権限を有する者において、その登記の事実を知りながらこれを放置する場合が典型的なもので、本件の場合これに該当しないことは前認定のとおりである。

(二)  それでは、右放置された登記が元来登記権限及義務を有しないものによるものでしかも、真の登記権限を有するが、その登記を知らない場合は、前記法条の適用の余地は全くないものであらうか。同法条の趣旨とするところは、登記事項の真実性の尊重は一応別にして、第三者の保護の点に着眼し、当該登記に関連して利害を有する者の利害の公平を考慮し、その登記を招来し又はこれを存置することに故意又は過失のあつた者に、責任を負わしめるものと解されるので、当該登記そのものはたとえ無権限者によつてなされたものであつても、これを知りながら過失で放置した場合はもとより、さらにそれを容易に知り得べくして過失で知らずにこれを放置し、その過失の程度があたかもこれを知つて放置したと同視すべき程に重大である場合は、これをも同法条の適用範囲に属するとしても同法条の意図する公平の維持の限度を超えるものとは思われない。

(三)  ところで、本件の場合、被告高橋の代表取締役としての登記は、前認定のとおり、正当な権限のある者によつてなされたものではなく、従つて本来無効のものであるけれども、長谷一郎は前認定のとおりの職務と権限を有しながら、被告会社の設立以来一回も株主総会及び取締役会を開催することなく、被告高橋等の不正行為について風評を耳にしながら直ちに適切な処置をなさなかつたのであつて、もし法律の要請に従つて、少くとも、定時株主総会を開催し、定時に決算を行い、取締役任期満了(商法第二五六条第一、第二項)後の選任を行い、取締役会の決議によつて業務執行をしたならば、自ら又は監査役において前記不実の登記を容易かつ早期に発見し得た筈であり、遅くとも被告高橋等の不正行為についての右風評を知つて直ちに調査をしたならば本件約束手形の振出前に右不実の登記を知り得た筈であるから、前記のように長期に亘つて右不実の登記を存置させたことには、あたかもこれを知つて放置したと同視しても差支えない程重大な過失があるものといわざるを得ない。

(四)  次に、証人高久四一郎の証言によれば、原告は、被告高橋の前記代表取締役たる資格が不実であつたことを知らず、このことについて善意であつたことが認められ、他にこれを覆すのに足りる何等の証拠もない。原告は本件手形を取得するに当つて、被告会社の登記簿を調査し、被告高橋に関する前記登記事項の真実であることを信じたものであることまでの主張立証をしていないが、商法第一四条にいう「善意ノ第三者」とは、右不実の登記事項と同一の事項について善意であれば足り、必ずしも登記そのものによつてその事項を知り、且つ、その真実であることを信ずることまでは必要でない(けだし、当該事項について善意であれば、通常同事項について真実の登記がなされているものと思うであろうからである。)と解すべきであるから、原告は右法条にいう善意の第三者にあたるものである。

(五)  そうとすれば、被告会社は、右法条によつて原告に対し、被告高橋に関する前記登記事項が不実であることを以つて対抗し得ないとする原告の予備的主張は正当であるといわなければならない。

(ニ)(一)  次に、商法第二六二条の場合について見るのに、同条にいう、会社を代表する権限を有するものと認められるような名称を附した場合とは、会社によつて明示又は黙示的に右名称の使用を許容された場合であることは疑がないが、この場合における会社による許容とは、結局会社の意思決定機関である取締役会の決議に根拠をもつ行為に限られるものであろうか。同法条の趣旨とするところは、これまた前説明の商法第一四条の場合と略々同様であると解されるので、その趣旨を合理的に解すれば、少くとも、会社の意思を構成し得る取締役全員が個々的ではあるが、右名称の使用を知りながらこれを放置する場合及び、代表取締役が、同名称の使用を知りながらこれを放置する場合を含むものと解することに多く疑をいれない。(会社が黙示的に許容する場合の多くはこの両者の場合であろう。)

(二)  右後の二者の場合をもなおかつ、会社による許容行為とするのは、(たとえ取締役全員の意見や行動が一致しても取締役会決議でない限り会社の意思を構成しないし、代表取締役が、取締役会の決議を経ないで、特定の取締役に自己の代理人としてではなく独立に代表権限を与えたと同様の結果を来す名称の使用を許容することは許されない。)前記法条の趣旨とする公平上の観念に適合するからである。そうとすれば、代表取締役及び一部の取締役がたとえ関与しなくても、取締役の過半数、即ち取締役会を開催して会社の意思を構成するのに足りる数の取締役が、前記名称の使用を積極的に許容し、又はこれを知りながら放置していたとするならばこの場合も実質的には前記二者の場合と異なることはない筈であつて、これをも会社による許容と解することは右法条の趣旨を逸脱するものとはいえない。

(三)  本件の場合、前認定のとおり、被告会社の取締役三名中前記中村及び被告高橋の二名が相謀つて、被告高橋に長期間に亘り代表取締役の名称を使用させて来たのであるから、右説明の理によつて、被告会社は黙示的に被告高橋の右名称の使用を許容したものといわなければならない。

(四)  そして、原告が被告高橋の右名称の使用について善意の第三者に当ることは前認定によつてこの場合にも認め得られるから、被告会社は商法第二六二条によつても被告高橋の代表取締役としてなした行為について原告に対し責に任じなければならないとする原告の予備的主張はこれまた正当である。

(ホ)  以上によつて、商法第一四条によつても、同法第二六二条によつても、被告会社は原告に対し、本件約束手形の振出人としての責任を負うべきものであるところ、右責任に関する部分を除くその余の原告の請求原因事実は、証人高久四一郎の証言及び前認定の甲第一号証が現に原告から書証として提出されている事実によつてすべて認めることができる。

3、よつて被告等に対する原告の本訴請求は理由があるものとして、これを認容し、民事訴訟法第八九条、第九三条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 畔上英治)

請求の趣旨

被告等は各自原告に対し金参拾万円也及び昭和三十年二月二十一日より右完済に至る迄年六分の割合による金員を支払わなければならない。

訴訟費用は被告等の負担とす。

との判決を求める。

尚本判決に対しては仮執行の宣言を求める。

請求の原因

一、被告等は共同して左記手形を三誠電機工業株式会社宛に振出したのであります。

手形の表示

額面 参拾万円也

支払期日 昭和三十年弐月弐拾壱日

支払地振出地共に東京都港区

支払場所 株式会社都民銀行麻布支店

振出日 昭和三十年壱月拾日

二、然して原告は前記三誠電機より之が手形裏書譲渡を受けその支払期日に支払の為提示したるところ解約後の理由により支払を拒絶せられたのであります。

依つてその後再度ならず之が支払方を請求するも遂に之が履行なく依つて右手形金及び満期以後の利息支払を求めるため本訴請求に及んだのであります。

準備書面

主張内容

一、被告の主張と商法第十四条との関係について

被告三信興業株式会社(以下単に被告と称す)は被告会社の設立当時高橋茂雄が取締役に就任した事実は認めるがそれ以後の代表取締役に就任した事実は全部偽造によるものなる旨主張しておりますが少くとも設立当初以来取締役である事実には争いないのであつて、然りとせば、会社内部の重要なる地位にあるものであり若し被告高橋茂雄がそれぞれの文書を偽造して代表取締役なる登記を為したとせば、商法第十四条の関係からして被告会社に重大なる過失あることを認めなければならないのであつて如何様に高橋茂雄が巧みにそれぞれの文書を偽造するとしても会社自体はその内部的に重大なる過失あることを免れないのであります。仮に偽造であるとせば被告会社の過失に基き不実の記載が為されたものといわなければならないのであつて本案の規定よりして以上の如き事実ある以上、善意の第三者たる原告には対抗出来ないといわなければならないのであります。

二、更に、商法第二六二条の規定より考えてみましても同条は商取引の迅速及び取引の安全を保護する為に何等代表権なきも之れに責を負わせておるのでありまして本条には成る程会社が暗黙に之れが使用を許した場合であることは論なきところと思われます。

単に一使用人が会社に秘密にしてそれぞれの名称を使用して会社に損害を与えるが如き場合は勿論予期していないところであると考えられますが本件においては既に永年にわたり取締役であり、然も長い期間代表取締としてそれぞれの行為を為しておるのであつて他の取締役或いは代表取締役が之れを知らないというが如きは都合の悪い場合には不知と称し会社に都合のよい時にはその使用を承認していると称するが如き詭弁にすぎないのであります。

平穏公然に会社に出入りし然もそれぞれの行為に代表取締役として行為を為している以上当然にその責は免れないのであつて単に会社の内部関係の対立を以つて善意の第三者に損害を与えることは本条の予期しない処といわなければならないのであります。

従つて明確に之れが使用を許すの取締役会或いは株主総会に於いて決議がなかつたとしても少くとも取締役会或いは株主総会に於いて暗黙に之が使用を許したとみるのが妥当と思われるのであります。

依つて以上の論点より被告の主張は失当といわなければならないのであります。

被告三信興業株式会社の答弁

第一回準備書面

請求趣旨に対する答弁

一、請求棄却する

二、訴訟費用は原告の負担とする

との御判決を求む

請求原因に対する答弁

一、第一項は否認する但し被告高橋茂雄が振出したか否かは不知

二、第二項は否認

約束手形金請求に対する抗弁

一、本件約束手形は被告三信興業株式会社が共同して振出した事実はないので被告三信興業株式会社に請求権はないのである。

仮に被告高橋茂雄代表取締役として振出しても代表権のない者の手形振出行為は無効であるから被告三信興業株式会社に約束手形金支払義務はないのである。

二、被告三信興業株式会社は原告の請求に対して何等支払義務を有するものでない、仮に本件約束手形共同によつて振出した約束手形があつてもこの約束手形は代表権のない者の行為であるから一種の偽造手形である但し高橋茂雄の署名が個人として振出したものとせばそのことについては被告三信興業株式会社は本件手形は全然知らないものであつて支払義務のないことは明白である。

主張

一、被告三信興業株式会社は元来代表取締役は長谷一郎一名であつて他に代表者はないのみならず三信興業株式会社は今迄に約束手形は何人にも振出したことはないのである

二、被告高橋茂雄及訴外中村繁子等が偽造行為なした事実があるので之に対して訴訟中である。

第二回準備書面

一、被告三信興業株式会社の代表者は長谷一郎が一名であつて他に何人もないことは第一回準備書面によつて主張しておる通りであるから省略する。

二、被告高橋茂雄は代表者ではないが商法第二百六十二条の適用があるのではないかとの疑ひはあるが本条は取引の安全を保護する規定であつて而もその会社が専務、常務とか名刺を使用していることを知りながら之を黙認していて事実上登記簿の代表者でなかつた場合であるが本件は全く反対であつて、被告高橋と訴外中村繁子が共謀して代表取締役長谷一郎及株主等が知らぬ間に秘密に全然株主総会は勿論取締役会も開催することなく偽造文書を作成して登記をなしたものであるから私文書及公文書偽造罪が成立するものである故に偽造は如何なる方法を以てしても無効なることは明確であるから本件の約束手形に三信興業株式会社の代表者と記入したことは無効である。

三、若し右の如きものに対し商法第二百六十二条規定の適用があるとせば一人の犠牲によつて如何なる法律行為も出来て如何なる大会でも直ちに破産する外ない結果となるのである、新会社法の立法者はその点まで研究していないのである商法第二六二条は代表権なき者を悪用することを防止するに過ぎないものと解釈する以外に方法ないのである極端に言うとき一会社の使用人が自称して専務又は常務と称して名刺を使用して場合でも会社は責任を負はねばならないこととなつて株主及会社は非常な損害を蒙ることとなるのである殊に本件の被告高橋茂雄の如き取締役と言つても代表者でなく本当の一使用人同様で何等財産ある者でなく借金ばかりの者である。少くとも社長である長谷一郎になんの話もないのである。

第三回準備書面

一、原告主張の商法第十四条の規定は登記に不実を登記した場合であつて本件の如きは不実の登記と意味を異にする同条は登記そのものは権限を有する者が故意又は過失によつて記載したる登記を言うのであつて本件の如き権限のない者が偽つて登記したものであるから全然本件の場合に該当しないから適用するものでない。又過失は全然ないのである。殊に本件の会社に約束手形を振出したことは最初から認めていないのであつて原告は却つて貸金業者であつて而も約束手形を割引して貸す以上は代表者の社長である長谷一郎に電話又は書面でも照会すべきであるのにも拘らず何等その様なこともない、若し本件の被告会社が従来取引したことのある会社であればいざ知らず全然初めての取引に調査もせず貸付けたことに原告に過失があるか又は通謀であると言うことにも帰着する。

二、原告主張の商法第二百六十二条については前第一、二回準備書面にも述べた如くであつて決して詭弁はない、のみならず、代表取締役長谷一郎は決して都合のよいときは認めて都合の悪いとき否認するが如きことは従来も決してしていない、殊に他人に約束手形振出すときは必ず代表権のある者によつてのみ為すべきである。前項に述べたるごとく本件会社は約束手形を振出したことはないのである、高橋茂雄は個人として振出したかは知らないが取締役会又は株主総会が暗黙に之を使用を許したことはない、又設立以来取締役会及株主総会も開催したことはないから暗黙の問題は起きる余地がないのである。

被告三信興業株式会社の主張

一、本件の約束手形を振出す権限のない者の行為であると同時に文書偽造によつて為した登記は如何なる判断によるも無効であることは論を俟すして第三者を保護するが為めに本人である三信興業に責任あるものと解することは出来ない。例えば不動産登記にしても文書偽造等によつて為したる登記は無効であつて如何に善意の第三者と雖も所有権又権利を取得しないことは明白である、旧独逸法(現在のは知らない)登記に公信力を認めて絶対に登記によつてのみ権利を認めていたが之については特に登記に公信力を認める者を民法に規定したのである我民法は単に対抗要件を登記に認めたるに過ぎないので公信力を認むる旨の規定はない、又現行の会社法の登記についても登記に絶対的な公信力を認むる規定はないのであるから無効の登記は絶対に無効なることは論を俟ないのである。商法第十四条の如き不実について特に認めているがこの場合とは全然意味の異なつた理由を有するものである。

二、本件における代表取締役の選任による総会及取締役会は不存在であつて全然存在しないものを決議ありとして代表取締役の登記を為したものであるから取消又登記抹消を要せずして無効である、大正十年以来漸々繰返した判例及学説あるのである。当時旧商法第百六十三条第一項の適用するものにあらず本件と同種の判例であり、その判例によれば株主総会の招集は勿論株主の出席もなく又委任も受けずして為したる決議録作成したるは絶対無効にして訴を俟たずして無効であるとすると判決したのである。本件の如き無効のものを以て登記したものも無効であること当然であつて第三者たると否とを問わずその効力を認むることを得ないのである。

右の偽造文書の手続書類は乙第七号証ノ一、二及乙第九号証ノ一、二、三である、登記は乙第二号証である、無効登記による代表取締役は無権限であると同時に無権限による約束手形の振出は無効である。本件の約束手形の振出は被告高橋と会社の共同振出しの形式であるから高橋部分の署名は有効であつても被告三信に対して無効であること明確である。

被告高橋茂雄の答弁

請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

旨の判決を求めます。

請求の原因に対する答弁

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、請求原因第二項の事実は不知。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例